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筑波からの手紙 
 2010年 8月2日
生体磁気の研究とグイの実験
つくば、科学談義の記録       2011.11.9更新
A社 編集部 Y.M さま
 
 前略
 田んぼの稲は青々と背丈を伸ばしています。今年は暑いですね。不定期便第二十四号をさしあげます。テーマは前回から続きます。

磁気の不思議

生体磁気の研究も現在大きく進歩しています。

旧約聖書に記された出エジプト記によりますと、ユダヤの民をエジプトから脱出させるためにモーゼが紅海を二つに分けます。海は二つに裂け、地肌を現わします。
  それを現実に起こす実験を九州大学上野研究室は(放送大学講義で)見せるのです。長い透明な容器に水を注ぎ、8テスラの磁場をかけますと、深さ2センチほどの水は左右に押しやられ底板を現わしました。水は反磁性だからです。赤い色の寒天は冷やして固まったところで取り出されると、その姿をそのままみせます。コップ一杯(100cc)の水に働く反磁性によって、このとき0・3ニュートンほどの力で押し合っています。重力の3分の1ほどの力です。

興味深いもう一つの実験は、先を平たく尖らせた(60度ほど)電磁極を向かい合わせ、極の中間部へロウソクの炎を近づけるものです。ソレノイドに電流を流して磁場をつくると、炎は変わった形に変形します。頭を押えられ、葉の繁った樹木のように横に広がります。ロウソクをさらに持ち上げてゆくと、両極の間で毛槍のような形になって、それから、ついに上下に瓢箪のようにくびれました。ロウソクの炎は磁場を避けます。酸素(O)は常磁性で磁場に引きつけられます。
  ロウソクが磁気を避けることはファラデーが発見していました。上野照剛教授は、酸素は常磁性で磁場に引きつけられる性質を持ち、空気も常磁性のように振舞うと考えます。酸素の壁ができて炎を押し戻すと考え、これを磁気カーテンと呼んでいます。
  そこでつぎに、半球状に凹んだ極を向かい合わせ、炎を挟みました。ぐるりと囲むような空間をつくって、そこでロウソクを燃やすのです。電流を流して磁場をつくりますと、炎はしだいに消えました。磁気カーテンとなって空気を遮断したと思われます。
  わたしは酸素分子たちが数珠繋ぎになって両極に束ねられている様を想像しました。それが筒になって炎を囲み、消したのです。

  生体にも様々な影響が見られます。「地球は大きな磁石である」と言ったイギリスのウイリアム・ギルバートは1600年『磁気について』の中で「磁気の力は生きており、命あるものの営みにも似ている。多くの現象を見ると磁気の力は人間生活を超えた世界に存在するようだが、一方では、生体と深いかかわり合いを持っているのである」と述べています。深遠で意義深いものであると上野先生は述懐されました。
  どこまでも海面ばかりが広がる海洋を、正しい目標をめざして飛ぶことのできる渡り鳥はどのようにしてそれが可能なのでしょうか。蜜蜂や魚が地磁気を感じて動いているのはなぜでしょうか。1975年、地磁気を感じて動く磁気バクテリアがブレッグモアによって発見さました。磁性細菌とも呼ばれます。写真には、長S字の形をしたバクテリアの体内に、黒い豆粒がつながって数珠のようになって写っています。体の中で磁石をつくっているのです。「マグネタイト」という酸化鉄の強磁性体の単結晶を数珠つなぎでつくっています。これが地磁気を回転力として検出するわけです。東京農工大学の松永研究室では数珠をつくる遺伝子をみつけて分子レベルで研究しています。

生体磁気現象

医療で使用される磁気の強さはどれくらいでしょうか。医療時、脳にかけられる脳磁気刺激は10の4乗ヘルツほどの周波数で約0・1ミリ秒間、磁気強度10テスラていど、心室細動刺激は同様の周波数で約1ミリ秒間、磁気強度100テスラていどをかけられているといいます。これらは都市の磁気ノイズていどです。
  一方、生体自身である脳からの磁気信号は10のマイナス15乗テスラで、100億分の1の磁性、心臓では10のマイナス13乗という微弱さといいます。

物質の磁気的特性

磁性

性質

現象例

物質

反磁性

ほとんどは非磁性

強い磁性に反発

外からの磁場がなくなると磁性を示さない。

水の二分

オキシヘモグロビン

常磁性

強い磁気に引きつけられる

外からの磁場がなくなると磁性を示さない。

磁気カーテン

ディオキシヘモグロビン

酸素、ラジカル種

強磁性

弱い磁場にも引きつけられる

磁石の性質をもつ

外からの磁場がなくなっても磁性を示す。

磁気バクテリア

鉄、ニッケル、コバルト、マグネタイトFe

生体磁気現象

医療時、脳にかけられる

脳磁気刺激は10HZ τ=0.1ms 10T ていど

心室細動刺激は10HZ τ=1ms 10T ていど

これらは都市の磁気ノイズていど

脳からの磁気信号は10−15T  100億分の1の磁性

心臓では     10−13

こんなに微小な磁場は高感度磁気センサーSQUIDで測ることができます。MRIでは1・5〜3テスラの磁場が使われています。8テスラで先に見たように水が割かれます。

1985年パーカーが円形コイルで磁気刺激に成功しました。上野教授らは8の字コイルを用い、大きな渦電流をつくることができます。実験によって脳の運動野に磁気刺激(TMS)を与えますと手が動きました。

  ガンを治療するハイパーサーミアという方法は43℃に熱を与えて治療します。一方、熱を与えないで強烈な磁気パルスを与えて治療する方法があります。磁気パルスで白血病細胞TCC-Sを標的として破壊します。
  TCC-Sに磁気ビーズ(ダイナビーズ)を抗原抗体反応でくっつけます。ダイナビーズは超常磁性のナノ磁性微粒子が直径数μmの多孔質の媒体にぎっしり詰まったものです。これにTMSで用いられたコイルで磁気パルスを発生させて強力な磁気力をつくります。TCC-S細胞とダイナビーズが抗原抗体反応で化学的に結合した複合体を磁気パルスで叩きますとダイナビーズは癌細胞を貫通したり引きちぎったりして壊します。物理的に壊すことができるのです。

グイの実験

物質は反磁性体と常磁性体に分類されます。これを見分けたのがグイの実験です。磁極のあいだに長い円柱棒の端を差し入れたかたちで天秤から吊るしますと、円柱棒の材質によって上向きの力を受ける(反磁性)ものと、下向きの力を受ける(常磁性)ものに別かれます。磁場に対して直角な方向に押されたり引かれたりする力を受けることが見られるのです。
  円柱棒の片方は強い磁場の中にあり、他端は弱い中にあります。このことは磁場勾配によって力の作用が生じると見るべきでしょう。グイの実験によりますと

χ=2μ F/B

と得られました。χは帯磁率(ディメンジョンのない数値)、μは真空の透磁率(H/m)、Fは下向きに働く力、Bは磁極間の磁束密度、Aは円柱の断面積です。超伝導体では強度に反磁性的であって、χはマイナス1となります。

この式から、FはBに比例することがわかります。すべての物質は常反を別にすれば、磁界の強さの2乗に比例していることに興味をひかれましょう。

χはノーマルでは10のマイナス5乗から10のマイナス6乗ていどでありますから、これに比べるとχ=マイナス1である超伝導の円柱は10の5乗から10の6乗倍もの力が働くことになるわけです。

反磁性電流

反磁性電流は、外部磁場が加わったときに、超伝導物質も含めすべての反磁性体に存在します。
  そのメカニズムをわたしは次のように考えています。

《いま紙の表面に沿って上から下へ荷電粒子が流れたとしましょよう。このとき、電流としては紙面に沿って下から上への向きになります。この電流は電流の向きへ進める右ネジの回転方向に磁場をつくります。したがって電流の右側で、紙のおもてから裏へ磁力線をつくるでしょう。ここに外部磁場が紙面に垂直に、おもてから裏への向きにかけられたとします。このときローレンツ力として磁力線の密な方から疎な方へ働く性質があります。加えられる外磁場の向きはおもてから裏への向きであるとしますと、電荷の運動がつくる磁場も電流の右側ではおもてから裏への磁力線となり、外磁場のつくる磁力線と重なって密となります。その結果電流は右から押され左への向きに円弧を描くことになります。こうして生じた左回りの電流は、紙面の裏からおもてへの磁場をつくり、これは外部磁場と対立する向きです。これは反磁性であり、こうして生じたのが反磁性電流であります。》

次回には、IHヒーターの仕組みについて考えてみようかと思います。しばらく私も夏休暇を頂きたいと存じます。

草々

平成22年 8月2日